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Interview
go to Future
伝統を背負い、世界を駆ける。
ひょうごビジョン:新しいことに挑戦できる社会
ファッションデザイナー
藤本 ハルミさん
1927年神戸市生まれ。27歳でオートクチュールの店をオープン。着物地や帯地を用いたドレス作りがライフワーク。70歳でパリ・オートクチュールコレクションに参加。2025年の大阪・関西万博では企業パビリオンのドレスを制作。
原点はいつも〝好き〞だった
2025年の大阪・関西万博の企業パビリオンで、VIPアテンダント用に作られた20着のドレス。一つひとつ、形も素材も異なるオートクチュール(オーダーメイドの一点物)で、桜や松竹梅など日本伝統の模様と布地から作られています。デザインしたのは、2026年に99歳を迎える現役デザイナーの藤本さん。日本の伝統文化とオートクチュールを融合したドレス作りをライフワークとして、半世紀以上を歩んで来ました。
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「社交の場で、日本人女性を美しく輝かせたい。日本人の誇りのもてるような、着物に代わるドレスを作りたい」。熱き想いを胸に、藤本さんは至高のオートクチュールを生み出し続けてきました。
新進気鋭の精神を持つ船乗りのお父様と、おしゃれなお母様の間に生まれ、神戸で育った藤本さん。洋裁学校を卒業後、東京で美術を学んでいた時にお父様が倒れ、長女だった藤本さんは家計を支えるため、故郷の神戸でオートクチュールのお店を開きました。戦後で着る物のない頃、お店はよく繁盛したそうです。
30代後半で初めて出かけたヨーロッパ旅行で、藤本さんはカルチャーショックを受けます。「気候風土、人々の体型、何もかもが日本とは違っていました。私が作ってきた洋服はヨーロッパの人の民族衣装だったと思い知らされたのです。かといって、今さら着物に戻ることはできない。日本人の新たな装いを、私自身の手で見つけ出さなければならないと思ったんです」。そこから、日本の伝統に立ち返った藤本さん。必死で勉強し、西陣織や友禅染といった素材を用いたドレス作りを始めました。「上質な厚手のシルクや高温多湿の夏に最適な布地、日本人の体型を美しく見せる形、そして、流れゆく日本の四季を表す模様にこだわってきました」。
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「日本の季節や生活様式に寄り添うデザインと、伝統素材の出会いこそが私の求める現代の衣装ではないかと思った」。自身のライフワークを振り返り、藤本さんは創作の根幹にある揺るぎない信念をそう語ります。
1938年の大水害、1945年の大空襲、そして1995年の阪神・淡路大震災。藤本さんは長い人生の中で、歴史的な三度の災害を直接体験しています。水害当時は11歳だった藤本さん、近くの川が水かさを増していく中、学校でお母様の迎えを心細く待っていたことを覚えているそうです。空襲では、雨のように降り注ぐ焼夷弾が、神戸の街を焼き尽くす光景を自宅の庭から泣きながら見ました。「私の弟も15歳で志願し、両親は喜んで一人息子を送り出しました。だからこそ、戦争にはこれからも反対し続ける」という言葉が重く響きます。震災では両親との思い出が残る自宅が全壊し、助け出された藤本さんは背中を骨折する重傷を負いました。「天井が目の前20センチのところに落ちている真っ暗な中、勇気を出して脱出しました。命が助かり、療養でき、仕事場が残った幸運に感謝。若い人たちの頼もしさ、全国から駆けつけた人々へのありがたさを感じ、神戸を愛する人たちの前向きな様子にも感銘を受けました」。
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「万が一、戦争が起こりそうになったら絶対に反対する。二度とやってはいけない」。18歳で終戦を迎え、その惨禍を記憶している藤本さん。実体験に裏打ちされたその言葉には、揺るぎない説得力が宿っています。
尽きぬ情熱が生む、世界の舞台への挑戦
九死に一生を得る経験を経て、オートクチュールの聖地・パリでショーを開いたのが70歳の時です。「日本の着物は美しく、世界の文化遺産。でも外国人が着ようとは思わない。あなたのドレスなら、世界に日本の素晴らしさを伝えられる」。パリのファッション学院長マダム・ソーラーからの高い評価と応援を受け、コレクションへの参加を決めたものの、高い壁もありました。当時、一枚も売れなくていいと思って作りつづけたドレスは30着。ショーにはあと20着足りません。フランスのオートクチュールのドレスは特別な布地や高い縫製技術、宝石などの装飾に彩られ、1着数十万円から数千万円のお金がかかっています。「あと20着を渾身の力で作りました」。結果は大成功。ショー開催の翌朝には現地の有名紙に取り上げられ、その後、モナコやニューヨークにも招待されました。
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一世一代の大勝負だったというパリ・オートクチュールコレクション。「服を作ることが心底好き。なら一発やってやろう」。覚悟を胸に挑んだ大舞台が、デザイナー・藤本ハルミの真価を世界に知らしめました。
友人から「みんなが介護施設を探している時に、あなたは青春をしている」と応援してもらったという藤本さん。趣味も多く、大好きな歌舞伎ではご贔屓の役者さんを3代にわたり見守ってきています。人生で大切なことは、「好きなことをする、一生懸命勉強する、出会いを大切にする」。若い人たちにも自分を大切に、好きなことをやってほしいと話します。壁の高さや年齢に関係なく、人はいつだって挑戦できることを自身の生き方で教えてくれています。